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お知らせ

親族の不幸の為、27日はお休み致します。 予約変更された方々は申し訳ありません。 31日は通常営業です。

造化

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長男が丸めたたい焼きの袋。 くしゃくしゃに丸めて捨てようとしたら、バラの花に見えて捨てれなくなったらしい。「パパ、僕は花を作ったよ。何の花に見える?」と。 バラ?それとも朝顔?。 何の変哲もないたい焼きが入っていた紙袋。くしゃくしゃと丸められた瞬間に何の花に見えるのか?と二人で見立てて遊んでいる。 不要物であったものは、今では少し美しさを持ち始め、ちょっと捨てづらいはにかんだものに変容する。 新しいおもちゃが手に入ったと長男の手はそれを優しく包んでいた。 子供は凄いな、といつも思う。 おもちゃがあるから遊びがあるからでなく“遊び“を作り出す。欲求の中に創造性があるのだ。 不要なもの、何でもないものから美を生み出す。自分を楽しませる物事に変える。 この瞬間に立ち会うたびに自然の造化とはこういう事を言うのではないか?といつも思うのだった。

偉い人は人知れず

今日、会員の書道の先生が来られた。 最近の近況報告から人の生き死にの話から、自分の身体に責任を持つという話をしたときにこんな話をして下さった。 聞いた話では、書道教室に来た子供達が「先生これ持って」と使った筆を洗ってほしいと渡してくるそうだ。 「何故、先生が持たなきゃ行けないの?」と理由を訊ねると、洗った事もないし、学校でも家でも母親から汚くなるから駄目だと止められるそうだ。 何故そういうことになるのかと、小学校の校長先生に直談判しに行き、丁寧に「自分で使ったものは自分で始末をつけるのが責任の在り方ではないか?」と改善点を述べても、先生方にも母親達に説明しても聞く耳を持ってもらえなかったらしい。 洗い場も台所も汚すからの一点張りで、教えてもだめだからと聞いて貰えなかったそうだ。 それでも子供達に優しく丁寧に何回も説明していくと皆わかってくれて変わっていくらしいから安心だが、子供達が経験を奪われているという事に呆れ憤慨しそうになった。教育は子供達をどうしたいんだろうか? 身体に責任を持つ、という事は生活に人生に関わり合いに責任を持つ事だ。全力で生きて全力で死を迎える。死して成仏には身体がない。生きて成仏には身体がある。 全生思想が整体協会の根幹だが、それを支える技術の一つ一つが思想である、整体は言行一致である。と師匠が仰っていた。 思想だけでは宗教・哲学。技術だけでは科学という事だろうと思っている。 そんな話をしたら彼女はこんな話を思い出し話して下さったようだ。 書を教える事は自分に向き合う事ですから、身体に責任を持つ、自分自身と向き合う事だと。 指導者とはこういう方を言うのだな、と感慨深く、なんだか自分の想いも再確認出来るような出来事であった。 しかし、自分で校長先生に直談判しに行かれたり、母親達に色々と助言されたりと字を教えているだけではない。 この方は実はとっても凄い偉い方なんじゃないだろうか?なんで俺のところなんか来てるんだろう?不思議だ。 只々、ご縁有り難く。

稽古始め―謹賀新年

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明けましておめでとうございます。 新しい年を迎え気持ち新たに始まりますね。 稽古始めは毎年恒例「筆動法」から こんな言葉が下りてきました 「人として人に成り人に触る」 今年はこれで行こうかと思います。 今年もよろしくお願いします。

仕事納め

今日は毎年、この日に来る親子を調整して仕事納め。稽古会の方は昨日が最後。 一人くらいしか来ないかな、と思っていたらなんだかんだと何名か来られたので、この前の合同稽古会の補足と骨盤調整と急遽思いついた表、裏の緩竹動法からの脱力で幕を閉じた。 終わったら11時。やはり詰め込み過ぎで時間オーバーになってしまった。 これは来年からの課題だな。 どう終えるか?まとめるか。余韻が生まれるように場を締めねばならない。今年は2回も合同稽古を開催したのでそのことに気付けれて良かった。 やはりまだ自分と相手しかとらえていないのだ。その感応から場が立つ、という事を頭でわかっているだけで経験が足りないのだ。まだまだ自分というものをぶつけて相手の反応を伺っているだけなのだ。相手との関係性が整えられているだけだ。 自分が気持ちよくなっているだけなんだ。 その事に気付けれて良かった。まだまだ伸び代が生まれるという事だ。 そういう意味で12月の合同稽古はここ十年の自分が良くも悪くも全てでた稽古会だった。 来年は私達夫婦ももいよいよ40代に突入し、長男も小学校に上がり環境が変わる。 30代のラストにこのような経験ができたのは本当に良かった。 恵まれている。 環境や人間関係に恵まれている。 色々な事に気づかせてくれる人間関係もあるし、それらを支えてくれる環境にも本当に恵まれていると思う。 来年は『おもしろい』と思うだけじゃない稽古と『身体を変える』という事の重み、深み、それに人に整体指導するという事。 それらをもう一度、原点から捉え直す必要があるようだ。 今年を一言で表すなら調子づいた一年だった。色々あった。楽しかった。 来年もなんだかさらに激しいうねりが来そうなので楽しみにしているし、ソレ等を全て迎えいれれる自分であるために整体の稽古をするだろう。 さて、明日は仕事場と家の大掃除だ。 皆様、一年御苦労様でした。 それでは佳いお年をお迎えください。 遠藤 日向

2020年一月・二月の予定

新年一月・二月の予定についてお知らせします。 慌ただしく過ぎてゆく12月も残りわずか、少しずつ年末の気配が近づいてまいりました。今年ほど「師走」というものを体現できた年もなかったのではないか?と思うほど今月は忙しく慌ただしく過ぎて行ったと思います。 すこしずつ一年を振り返ることが多くなっていきそうです。 皆さんにとってはどういった一年でありましたか? さて新年一発目の稽古始めは毎年恒例、「筆動法」での書初めからスタートすることとします。一年の計は元旦にあり、今年の抱負などをどうぞ 日程は三日、五日を予定しております。 硯、筆道具などをお持ちの方はご持参ください。 それでは皆様佳いお年を。 ・今年の2月に仕込んだ味噌できていますので予約されてた方は取りに来てください。 ・「予約・稽古日程」欄から5か月先の稽古日程が見れますのでスケジュールを立てる参考にしてください。 ・次に参加できる京都公開講話は9月期になります。 身体教育研究所の活動、身体に関する思想、技法が学べます。 整体がどのように身体を見てきて、どのように育てていくのか?がい実技を通して学べます。未会員の方でも参加できますので興味のある方はご一報ください。 ・動法講座・稽古会は未会員の方でも初回に限り見学は可能ですが、二回目以降の参加は整体協会入会の必要がございます。  会員の皆様には、毎月、機関紙「月刊全生」が郵送されます。 詳しくは楽縁堂にお越しの際お尋ねください。 ...

合同稽古会Vol2終了

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合同稽古会終了。 地元石川勢を含め、富山、東京、京都から10数名を巻き込んでの合同稽古会、 とても濃密濃厚の有意義ある時間・空間を過ごせたと思う。 前回もそうだったが終わった後の余韻が素晴らしく、ぼーっとした時間を過ごしていたいのに、次から次とやることがあって、少しずつ日常に戻っていきたいという思いはかなえられそうにない。いきなり現実という電車に乗せられて運ばれて行っているという感覚だ。だが時折ぼーっとあの合宿中のことなどを思い出してはくすくすと笑いがこみ上げたり、あの時の感動や楽しさがよみがえってきたり、次への課題や反省点などに気づけたりとなかなか忙しいつめこん。 田中さんの座学も素晴らしく、ダイジェスト版であれだけ面白いのだから一年通して学ぶともっと理解が広がるだろうと思ったし、色々と稽古に応用できそうなキーワードがたくさん出ていたので、色々と検証していくとおもしろそうだ。 個人的には法然・親鸞・加賀の一向一揆についての解釈などを聞いてみたい。 振り返ってみると自分の稽古の進行や流れなどは、前々から気づいていたことだが、あれもこれもと盛りすぎる過剰傾向があるので、一つテーマを決めて手数少なく掘り下げていくやり方を身に着ける必要があるようだ。カオスすぎる。 料理と一緒だ。そこにある調味料を全部ぶち込んでみたくなる傾向がある。 その方が時間配分もスムーズになりもっとシンプルになり場も出来上がっていくだろう。 来年の課題だな。 とにかくこちらの配慮のなさやキャパオーバー等で先輩指導者達や関係者の皆様方、また会場の湯涌のスタッフさんたちにもに助けられつつも迷惑をかけたりとあったと思うので、この場をかりて謝辞を述べたいと思う。 どうもありがとうございました。 次回は4月を予定しています。 沢山の方の参加をおまちしております。 また写真を撮るのを忘れてしまった・・・