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週末は

先週の週末は突然身内の不幸が有り、予定していた幼馴染みの結婚式の二次会をキャンセルしようと思ったが、かみさんが気を効かせてくれて参加できる事になった。 暫くあっていなくてなん十年ぶりの再会だったが、座る席は親戚の席。 家族ぐるみの付き合いだったのでの母子で参加。 参加者も両親の友達と一緒の席であった。 二世代、三世代で参加できる二次会はいい。母親は三次会まで顔を出したそうだ。 近況を報告して後にした。 次の日は1日ががりで、葬儀に付き合うこととなり、こちらも親戚一同揃うこととなった。 皆で次の舞台に旅立つ義祖母を見送る。 顔つきはとても穏やかで、 子供たちにはまだ死はわからない。 棺桶に花を添えて蓋をして見送る。 何だかあっという間の三日間であった。 かみさんやあちらの家族は落ち着いてきて後から後から思い出が甦ってくるようだ。 そのタイミングで違う幼馴染みからも偶然、連絡をもらう。 何だか家族の事や人生を振り替える週末であった。

お知らせ

身内に不幸があったため、明日の25日の稽古会は休止とさせていただきます。 七月からの稽古会は定例通り行いますのでご了承ください。 月曜の会の開始時刻が14時→13時からとなりますのでお間違えの無いようお願いいたします。 7月7日は七夕ですので短冊に願い事を書いて持ってきてください。

視覚と色彩

整体操法を受けているときや稽古の時、目を瞑り身体をありのままに見るという事をする。 体がまとまりゆっくりと目を開けるとなんだか回りの風景に奥行きが生まれて、瑞々しく見える。 木々や花などの色彩が透き通って見える世界に変わる。 その世界はなんだかとても生き生きとして気が沸き立っている感じがするのだ。 集注世界に入るといつもこう変容する。 目の力が抜けたと言えばそれまでなんだが、何故こうも視覚で捉える世界の色彩ががらっと変わるものかと思っていたが、多分これが日本の自然に寄り添って産み出されている色彩なのだ。 和色の原理は浸透色の世界。光の浸透性によって色が変わる世界。 それは状況によって移り変わっていく始まりがあって終わりがある世界。 有限と幽玄。 状況が生み出す美の世界だ。 洋色の原理は反射色の世界。そこにある実態が定位した美しさの世界。 始まりも終わりもない無限の世界。実態の美しさを追求する世界。 光と影のコントラストによって今日強調された世界だ。 近代文明は洋色の世界一辺倒だ。無理もない。 浸透色でできたネットやテレビなどはあるはずないだろう。 あったら見てみたい。 子供の目にはどう映っているのだろう。

一つの見方は

金沢の徳光パーキングエリアにて。 昼食にパンを買って食べていたら、ちょうど座っている窓の外に石碑がたっていた。 なにやら文字らしきものが彫ってある。 朝顔や つるべとられて もらい水 加賀野千代女の俳句だ。 どういう情景を読んだものだろうか?と思い巡らしていると、隣の席の連れも同じ事を思っていたらしい。 あれはどういう意味か知っているかと聞いてきたので、朝顔が水を欲し蔓を伸ばしていたら、何らか伸ばせなくなったか、あるいは蔓が伸びて近くの朝顔に触れて蕾にたまった水がこぼれ落ちて、もらい水となったかと、想像を巡らし、その解釈を述べてみた。 が、それは違うらしく、本来は加賀の千代女が朝に井戸水を汲もうとしたが、朝顔の蔓が伸びて絡んでいたので、それを外すのは可哀想と、井戸水を汲むのを諦め、よそにいきもらい水をした。 その優しさを歌ったものであるらしい。 そのときの連れの顔が私の方が教養が有ります的なドヤ顔で、こう理解するのが正しいと言って来たので、少々ムッとして、 なるほどなるほど、では君の解釈を聞こうか?と持ちかけたが、意を介さない顔をしているので、今のは一般的な解釈であって君の解釈ではないだろう。君はどう思ったがが知りたいのだ。と告げたが、 いつまで経っても出てこない。 連れから見たら僕は意地悪でへそ曲がりなのである。 僕は昔から一般的な解釈を聞けば、なるほどと思うが、考えがそこに定位してしまっては新しい考えは生まれない。これでいいのだ、と安心してしまっては新しいやり方は生まれない。だからこうだと決められた事があればこうは考えられないか?と新しいものを探す。 赤色は精神を興奮させる色なんですよ、と教えられれば、なるほどとも思うが、精神が興奮しない赤色はどんな情緒を生み出すのか?と考え探す。 これはこういう風に見るのだと教えられてもなるほどとは思うが、その見方がつまらなければ、おもしろい見方を探す。 もし、学校でそう教えられたのだとしたら教育はある一つの 解を提示するのが目的であるはずがない。 それを下地にこういう見方もできます。 こういう風にもとれますと、解を相対的にして問題意識を共有させることに目的があるはずだ。 個人の考えるフレームをどんどん変容させ、そのキャンバスの中にはこんな色もあ...

六月・七月の予定

予定を更新したとお知らせしておきながら七月分のスケジュールを更新しておりませんでした。 改めまして 六月・七月の 予定についてお知らせします。 7月7日は七夕です。短冊に願い事を書いて持って来て下さい。 四月・五月と回を増す毎に濃密さと濃厚さが増してきた稽古会です。 今まではあれもあります、これもあります、という感じでの稽古会でしたが、一つの稽古会で一つのテーマを設けるようになってからは、だいぶ交通区画整理され風通しがよくなりつつあります。 理解の幅や楽しみ方が増したように感じています。 各稽古一コマ二時間で教えた内容は、例えて言うなら在来工法のぎ木の仕方です。 一つずつ手渡した素材を一人一人が自分の日常に持ち帰り、磨きあげていく。 今日渡した素材は土台、今日渡した素材は柱。 そうやって渡された素材を継いで屋根や壁ができて家が仕上がっていく。 身体も同じです。 一つの素材を理解するから、どこの部材か? そしてその素材同士の相性や継ぎ方がわかってくる。 その面白さが段々とわかってくる。それがどんなジャンルの稽古の醍醐味ともいえます。 稽古会継続登録者の方はキャンセルの場合だけご一報下されば幸いです。 来月から昼の会の時間割りが13時~15時半に変わります。 初心者の方は要予約となりますので右記メールフォームにて、 1、お名前 2、連絡先 3、参加動機 を添えてご送信下さい。 最新版のスケジュールは 予約・稽古日程 欄を。 稽古内容については 身体塾稽古会 欄をご参考ください。 日程が変更される場合がありますので、こまめにご確認ください。

薪能

ことしもそろそろ百万石まつりが迫ってまいりましたね。 たくさんの催しごとが金沢各所で催されています。 無料で楽しめるイベントもたくさんあるようなので今年も楽しみですが。 その中でもお勧めは6月3日に金沢城址公園で行われる薪能。 というかこれしか行ったことがないのです。 茶会も気にはなっているんですが、まだいまいち腰が動かず・・・。 薪能は現代風に言えば お能の野外ライブといった感じですが、年々雰囲気がよくなっており落ち着いて見れます。 無料で金沢場内で見れますし、子供たちの発表会も兼ねているのでなかなか見どころがあります。 能楽堂で見れる題目も素晴らしいものばかりですが、野外での薪能でしか見れない見どころがたくさんあるのでこちらもおすすめです。 特に兼六園まで響き渡る笛の音になんというか身も心も掴まれてしまうわけですね。 何だろう?この笛の音はと、つられて金沢城に入ってみるとそこでは少し雰囲気の違うところがある。ますます何だろう?と奥に奥にと入っていってみると、そこでは時代を超えて舞う・謡う、演者の姿たちがある。 そのいでたち、静止した抑制されたシテ方から幽玄さを伴って立ち現れてくるものがある。 それにすっかり魅いれられ、そこにあるはずのない風景・時代の見、匂い、記憶としてよみがえってくる幻に旅路へと誘われていく。 常世と浮世の幻視の座。 それが一年のこの日に現れてくるかもしれませんね。 と、持ち上げたところで今年の演目は何でしょうね? 昼間は着物で散策して、夕方ごろはから涼みに城址公園で勧能なんて結構、洒落てるんではないでしょうか? 興味のある方は是非着物・浴衣でも着てご一緒しましょう。 稽古仲間に合う確率高し、ですね。 追記 行ってきました薪能。 皆様も行かれたでしょうか? 仕事を終えて夕方ごろふらふらと金沢城址公園会場へ。 途中、兼六園が無料開放ライトアップを催していたので、園内へ。 丁度、流し船で笛の演奏をやっていたのでしばらく止まり聞きほれる。 景観は間違いなく佳い中での演奏は素晴らしすぎた。 園内の人たちが池を囲んで、その演奏 に聞きほれている様は余計な雑念もなく清浄そのもの。 そのあとは...

Ernest Ranglin In the Rain

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