生ける(before after番外編)

最近、花を生けることに凝っている。
こんなに面白いとは思わなかった。

6月初頭から始めた新道場・古家改造計画はbefore afterシリーズで展開していくとして、今回は番外編とタイトルしてもいいような気がする。
「場を作る」ということ。
その感覚的現象がどういう風に身体をかえていくのか?
あるいは空間的身体から、どういった感覚が生ずるのか?という二つの方向から語ることができると思う。
まったく興味は尽きない。

身体は空間を変容させて運動している、というのが今季のテーマでもあるが、奇しくも
その流れに乗っ取り、道場の空間づくりが始まった。

どういう風に空間を整えれば、稽古場の空気に満ちるのか?は我々、稽古人のテーマでもあるだろう。まずはこの場がどうなりたいのか?耳を澄ますことから始めることにした。

操法室となるべく母屋和室の続き間に布団やら黒板やら運び込み、以前に頂いていた掛け軸や花瓶・花台をそれぞれ手に取って、「おまえは一体どこに行きたいんだ?」と目をつむり耳を澄ますと、なんとなくその場所が出てくるのでそれぞれを配置していく。
角度を取って、なんとなくその場が洗われるような感覚が生ずる。
自分の体の外側がピタリと止まり型に入る、そしてその動きが止まった身体の中がすーっと動き出すような感覚も生ずる。先ほどまでと風景が違って見える。
それらが強調されるように角度を取って、間接照明も配置。
これだけでも全然見違えたのだが、やはり花瓶に花が無いのは寂しい。

雨が上がった庭に出て、この庭はどうなりたいのか?思案中。
ふとみると庭に様々な花が咲いているのが見えた。
それぞれに似合う花瓶が見えてきたので、ハサミでちょきんと切り落とし、
花器に生けていく。
庭に四季折々の花があるのは佳い。とても贅沢である。

当然、生け花なんて習ったことがないので素人丸出しに花器にそのまま花を押し込む。
なにか違う。美しくない。みていてつまらない。動きがない。

茎の長さを切って変えてみる。アジサイの花は頭が重くうつむいている。
先ほどと違い表情が生まれたので、この暗い顔を変えたい。
切った茎の切れ端で本体を支えるとうつむいた顔が、凛としてたたずむ姿に変わる。
目に留まる。動きが出る。斜めに傾いた茎の感じがなんとも佳い。
これは佳い。自然の造形物で遊べる。なんと上品な遊びだろうか。
いままで全然知らなかった。生け花は女子のもんだ、と思い込んでいた。

花を生けるだけでこんなにも空間に造形性があふれ出るとは。
まだまだ、未熟で芸にも達しない域だが、これはこれで面白い。
とうぶんはまりそうである。




コメント

このブログの人気の投稿

あたわりもの

before after vol.7 蜂の巣とコーキング

新年一月・二月の予定